『疾風ロンド』 東野圭吾 実業之日本社

 超危険な生物兵器が研究所から盗み出され、それをスキー場に隠したと犯人からメールが。場所を教えて欲しければ3億円用意しろという話になるが、その犯人が交通事故で死んでしまう。数少ない手がかりから無事に生物兵器を探し出し、スキー場を守ることができるのか!?というストーリー。
 
 以前読んだ『白銀ジャック』と同じような内容である。スキー場まるごと人質に取られた格好となったり、脅迫される側も警察に届けられない事情があったりなど。さらに登場人物までかぶっていたりして、記憶力が定かで無い私のような人間が読んだら、どちらが『白銀ジャック』でどちらが『疾風ロンド』なのか混乱するのではないだろうか。
 
 ただ、私は“スキーもの”がキライではないので、『白銀ジャック』にしろ『疾風ロンド』にしろ、そしてその前に読んだ『鳥人計画』にしろ、楽しく読ませてもらっている。特に最近は子供が小さいということもあり自由にスキーに遊びに行けないので、スキー気分が味わいたくなったら何度も読み返す。ストーリーや謎解きや登場人物などどうでもよい。ただ単純に白銀の上を滑るスキーの疾風感を感じられるだけで十分である。
 
 東野圭吾の趣味はスノボーであるということは有名だが、文中にもスキー場の経営難に伴う周辺地域の過疎化を憂う場面があったり、スノーボーダーやスキーヤーのマナーに関して言及したり、本当に彼はスキーやスノボーを愛しているんだなと思う。
 
 根津という名のパトロール隊員と、千晶という名の女性アマチュアボーダーが『白銀ジャック』と『疾風ロンド』に登場した人物である。これからも東野圭吾の“スキーもの”があるとすれば、スキーものの定番キャラとしてぜひこの2人を再登場させて頂きたい。

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『天使のナイフ』 薬丸岳 講談社

 第51回江戸川乱歩賞受賞作品。まあそれがこの本を手に取るきっかけになったわけではないのだが、これもやはり本屋店員の手書きPOPに引き寄せられたのだ。先日の雫井脩介の一件もあったので素直にオススメPOPに従ってみようかなと。そしてこれまた大正解でした。さすが本屋(笑)。
 
 主人公の桧山は独りで4歳の娘を育てるお父さん。3年前、当時13歳の少年3人に妻を刺殺された経緯を持つ。13歳ということで逮捕・刑罰という形ではなく、補導・児童相談所へ通告という形で罪には問われない。少年のプライバシーの観点から被害者側である桧山には、少年がその後どうなったのかのみならず、名前や住所など何の情報も教えてもらえず、納得のいかない日々を送っている。
 
 事件から4年近く過ぎた頃、当時の事件の捜査にあたっていた刑事が桧山のもとを訪れ、加害者だった3人のうちの1人が刺殺されたことを聞く。犯人の少年に恨みを持っていた桧山は容疑者として挙げられてしまう。本当の真実を探るために桧山は残る2人の少年を探し始める…。
 
 あらすじはこんなところだが、作品のメインには「少年法」が取り上げられ、何の罪もないかけがえのない命を奪われた被害者側の無念と、少年のプライバシーと未来を守るための現在の日本のシステムの、両方の言い分がバトルを繰り広げている。物語は桧山の視点で進んでいくので、読者としては桧山の肩を持つ立場となるのはしょうがないけれど、少年法の言い分だって正論であって、現在そのどちらの立場でもない私としては葛藤しながら読んでいた。
 
 少年法に関する紹介や記述などが続くところがあって、社会派小説のようでこのままツマラナイ終わり方をするのかなと思っていたら、予想はいい方へ大きく裏切られた。本の中盤で事件は一段落したように思ったら、そこから怒涛の展開で物語は進んでいき、どんでん返しやら、序盤のちょっとした伏線の取り上げやら、「お前もか!」的裏切りやらで、子供たちのスイミングの引率中に読んでいたのだが、スイミングが終わって子供たちが着替えを済ませたのにも気づかずに読みふけっていた(笑)。
 
 いや~、何度も言うけどさすが本屋さんの紹介だけある。これからは店員にオススメの本をアドバイスしてもらうのもいいかもしれない。いや、本屋スタッフは今後、八百屋や魚屋のようにオススメの商品をお客さんに勧めるような店頭営業に力を注いでも良いのではないだろうか。もちろん本屋スタッフの個人技にもよるだろうが、少なくとも私がよく行く本屋のスタッフのオススメ本はすべて読んでみたいと思う。

『新参者』 東野圭吾 講談社

 最近文庫本になったので購入。加賀恭一郎シリーズ。舞台は東京日本橋の旧い商店街。昔のおもちゃや駄菓子屋さん、老舗の店が並ぶ。大阪で言うと松屋町筋みたいな商店街のイメージかな。東野作品では同時期に『麒麟の翼』でも日本橋が舞台になった。あれも加賀恭一郎シリーズだった。下町の人情が加賀恭一郎シリーズにぴったり合うのだろう。それとも単純に作者のマイブームなのか。
 
 日本橋で起こったひとつの殺人事件。それを最近日本橋に配属になった所轄の刑事である加賀恭一郎と本庁の刑事が捜査するわけだが、通り一遍等な捜査をする本庁の刑事とは反対に、地道に地元の人たちと交流する加賀恭一郎。固い結束力にも似た下町の人情に新参者として取り入ることによって、捜査の足かせとなる謎を一つ一つ丁寧に解いてゆく。
 
 物語の構成が連続テレビドラマのようになっていて(現にドラマ化済み)、一話ごとに地元の人々との交流があり、下町故に存在する謎や誤解を解決しながら親交を深めてゆく。一つ一つは一見、殺人事件とは関係無いように見えるのだが、それぞれがしっかりと終盤に向かって生きてきて事件解決となる。しかも事件を解決するだけでなく、それに関わった人々の心の傷や誤解まで解決するあたり、いかにも加賀恭一郎シリーズである。
 
 最後の加賀恭一郎のセリフがイイ(笑)。

『つばさものがたり』 雫井脩介 角川文庫

 雫井脩介4作目。ここんとこ体調を崩して会社休暇中。外にも出歩くことが出来ないので読書ぐらいしかすることがない。雫井脩介ならなんでもええわと買ってきた本。
 
 パティシエールの君川小麦さんという若い女の子が主人公。長年働いたケーキ屋から独立し、お母さんとともに地元でケーキ屋を始める。ところが甥っ子の叶夢(かなむ)君は「てんしがいないから、このばしょは、はやらないよ」と不思議な事を言う。
 
 叶夢君にしか見えない天使「レイ」と、身体に不安を感じたままケーキ屋を切り盛りする小麦さんの成長物語というところだろうか。大まかなストーリーはそんな感じである。まあ言うなればファンタジーである。
 
 私も40男なので、こういったファンタジー系は知っていれば手に取ることはないのだけれども、雫井脩介の初めて読んだ作品がバリバリのサスペンスミステリーだったので、ファンタジーとは言えきっとどこかにサスペンシブでミステリアスでエキサイティングなところがあるのかなと期待したが、それはそれはもう、ガッチガチのファンタジーであった。
 
 ストーリーの流れ的には想像通りで特に大きなどんでん返しが待っているわけでもない。なのに一気に読み込んでしまうのは、私が体調を崩して暇を持て余しているからということを差し置いても、やはりそこは作者の筆力というところなのだろう。今のところ雫井脩介作品で途中断念、もしくは読了までに3日以上かかった作品はない。読むのが遅い私にとってこれはすごいことなのである。
 
 雫井脩介作品では女の子が主人公のものは多い。そしてどの作品の主人公も好感が持てて感情移入してしまう。したがって物語の途中でどんな困難があっても、ラストまでにはその努力が報われて欲しいと願っている自分がいる。そういう意味ではこのラストは少々悲しいものではある。ここまでファンタジーに特化したんだから夢の様なハッピーエンドでもええんちゃうんかいと思ったぐらいである。
 
 ところが今物語を振り返ってみると、ガチでファンタジーなのは天使「レイ」と話す叶夢君だけであることに気づく。一応周りの大人も叶夢君に合わせてレイが見える振りをする部分もあるが、それはあくまで振りであって、大人はしっかりと現実世界に生きているのである。
 
 叶夢君に言わせれば、天使はたくさんいて人間を見ているらしい。私の周りにも天使が飛んでいて、例えば靴の紐が解けたり、風で洗濯物が飛んで行ったり、里芋の煮物を箸で掴めなかったりする時は、天使のイタズラなのかなあと、40にしてそんなファンタジーなことを妄想してしまったではないか。

『犯人に告ぐ』上・下 雫井脩介 双葉文庫

 雫井脩介連続記録更新中(笑)。『火の粉』『クローズドノート』と来てこの『犯人に告ぐ』である。代表作を3冊も読めば立派に「雫井脩介?あー知ってるよ」と言えるだろう。上下巻に分かれた長編作であったがスムーズに読むことができた。基本的に上下巻に分かれる本は、読了後の達成感が半減するような感じがして敬遠する傾向にあったのだが、読みたい本がそうなんだから仕方がない。
 
 巻島という50歳ぐらいの刑事が主人公。ストーリーの方は6年前に起こった幼児誘拐事件で犯人を取り逃がし、さらに釈明記者会見で失態を犯して田舎に左遷された経歴を持つ。そして6年後、新たに起こった連続幼児誘拐殺人事件。捜査は迷宮入りの様相を呈する中、犯人から警察を挑発するような内容の手紙が送られてくる。こういった劇場型犯罪に対抗するのは劇場型捜査しかあるまいと、テレビで犯人に呼びかけるという異例の操作方法に抜擢されたのが巻島刑事である。
 
 6年前の失敗を心に残したまま、新たな事件に取り組む寡黙な巻島の姿勢。警察内部の諸事情、捜査内容のリーク、自分の家族への影響、マスコミや世間からのバッシングなどなど、足を引っ張られる要素が満載なのにもかかわらず、この巻島の取り組み姿勢は本当に頭がさがる思いである。そして主人公に感情移入させたら雫井脩介は天才的だなと思う。
 
 登場人物のキャラクターはある意味ベタなのだ。正義感あふれる刑事、それを指揮するうるさい上司、手柄を横取りしようとするズル賢いヤツ、温かい理解者、愛する家族。そしてそれらがラストに向けてベタな収束へと進む。それが私にとってはとても安心して読むことができるのだ。ヒットするハリウッド映画は、必ずヒーローとヒロインがメインで、悪者がいて裏切り者がいて、協力者が現れ、最後は必ずハッピーエンドという構図である。雫井脩介もその構図を外れない。だからいいのかもしれない。
 
 この作品もとてもおもしろかった。今のところ雫井脩介にハズレなしである。
 
 余談だが、雫井脩介の作品の巻末には参考文献が何冊も紹介され、協力者の名前も挙げて感謝の意を述べている。マラソンで言うとゴール後に振り向いてコースにお辞儀をするような感じがして好感が持てる。そういや伊坂幸太郎もそうだったな。

『クローズドノート』 雫井脩介 角川文庫

 『火の粉』ですっかり雫井脩介のファンになってしまった。こうなると次の本選びは早い。古本屋ですぐに見つけた『クローズドノート』。あとでわかったことだが、この作品は映画化された際の舞台挨拶で、主演の沢尻エリカが不機嫌な返事をして話題になったアレだ。映画は見てないけど、その題名と、沢尻エリカの奇抜なファッションをテレビで観て、勝手に不良モノとかバイオレンスモノだと思い込んでいたが、読んでみると全然違う。作品の印象さえも変えてしまった沢尻エリカの態度は罪深いのではないだろうか。まあええか。
 
 文房具屋でアルバイトをする女子大生が主人公。一人暮らしをしているアパートの押入れの隅から、前の住人のものと思われる日記を発見。それを読んでいくうちに、自分の実際の恋と、日記の中の人物の恋が次第にリンクしていくという感じのストーリー。『火の粉』とは全く違う純愛モノである。
 
 前にも書いたけど、雫井脩介は男性にもかかわらず、本当に女性の心理描写が上手である。まあ女性がこの本を読んでも結局は男性の想像での女性像なのでちょっと違うと感じるかもしれないけど、少なくとも私はこの物語に登場する女性には好感を持ってしまう。特に主人公の香恵ちゃんは少し天然キャラでどんくさいところが可愛い。舞台挨拶の沢尻エリカとは全く正反対である。
 
 そして主人公が文房具屋でバイトをしているということもあって万年筆関連の記述がやけに詳しい。さらにマンドリンクラブに所属しているということもあってマンドリンのことも多く書かれている。この2つの主人公の趣味は直接物語には関係してこないのだが、そのマニアックなところに頁を多く使うことで、小説の中の世界にゆっくりと浸れたように思う。「じれったい」と感じる人も多いだろうが、前に読んだ『火の粉』がスピーディーかつエキサイティングだったので、こういうギャップを自分の中で楽しめたのはラッキーであった。
 
 ラストシーンは泣き所。ベタだとは感じつつも目頭が熱くなる。そしてオチは天然な香恵ちゃんらしいものとなって微笑ましい。爽やかで素敵な作品でした。こういうのばっかり読んでたら穏やかな人間になれるのかな?それはないか。とりあえず万年筆が欲しくなった(笑)。
 
 そして、あとがきでもういっぺん目頭が熱くなるのだ。

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『火の粉』 雫井脩介 幻冬舎

 雫井脩介(しずくいしゅうすけ)という作家を、私は全く知らなかった。代表作も知らないし、名前も聞いたこともない。それが本屋の一番目立つところに平積みにされていて、しかも手書きのPOPで「一気読み!」だの「面白い!」だのと書かれている。手にとって見てみると初版は平成16年とあるからもう9年前である。最近映画化されたわけでもないそんな作品が今更本屋のイチオシとなるなんて何かあるのだろうかと、半分騙された気分で読んでみた。
 
 感想から書くと、メチャメチャ面白かった。サスペンスミステリーな感じなので、面白いというか“怖い”のが本心だが、600頁弱の分厚さにもかかわらず本当に一気読みで、読むのが遅くて有名な(?)私でも正味たったの2日で読み終えてしまった。本屋のPOP効果に協力する形となってしまって天邪鬼の私としては納得のいかない部分も正直あったのだが、素直に書店店員のPOPに従ってみるのもいいもんだなと思った。
 
 物語は裁判シーンから始まる。一家惨殺の凶悪事件の容疑者である武内に、証拠不十分として無罪判決を下した裁判官の梶間勳が主人公。冤罪を免れた武内はその恩を返すべく、裁判官引退後の梶間家の隣に引っ越してきて溢れんばかりの善意を持って梶間家に尽力する。ところがその親切も度を越してきて、やがては武内の素性が明らかになっていく・・・・というストーリー。
 
 物語には、梶間の妻が義母の介護をするシーンや、梶間の息子の嫁が子育てに苦労しているシーンなんかがあり、とても女性の心理描写が上手だなと思った。まるで女性作家かなと思うぐらいだ。そういう女性ばかりが苦労している家庭に武内はスッと入り込んできて、介護を手伝ったり、子供の面倒を見てあげたりして、一気に株を上げていく。
 
 反対に梶間家の男性陣はなんだか頼りなく、特に息子の俊郎は最後の最後までアホであった。武内の二重人格性も怖いことは怖いが、こういった家庭内における男性陣の頼りなさ、無関心さもある意味怖い。結果的に梶間家全体に危険が及ぶことになった。
 
 ストーリーは盛り上がり、その勢いでどんどん進む。残り頁数が少なくなってくるに連れてどんなラストが待っているのかと少々心配になったが、予想をいい方へ裏切る衝撃的なラストだった。最近は万人受けするような“ユルい”ラストのミステリーばかりだったので、こういう「いかにもサスペンスホラー!」という感じのラストは逆に新鮮でスカッとした。
 
 これはオススメです。恐らく、サスペンス好きの30~50台の女性は面白いと感じてもらえるのではないでしょうか。

4

『県庁おもてなし課』 有川浩 角川文庫

 『阪急電車』や『ストーリーセラー』などの作家なのだが、何故かその名前は自分の中に残らず、「あー、これって読んだことあるけど有川浩なんやー」ぐらいの感じであった。ちょっと興味を持って見てみると、有川浩は次々とヒット作を世に飛ばし、ついでに映像化されまくっている売れっ子さんであった。なんかそんな感じで手に取った『県庁おもてなし課』。そういえばこれも映画化かなんかされてたように思う。まあそれはいいとして。
 
 高知県庁に実在する、「高知の観光事業をどうにかしよう!」の趣旨で作られた「おもてなし課」がモデル。物語自体はフィクションであるとのことだが、高知県出身の作者は実際に高知県庁おもてなし課から高知県観光特使の依頼を受けており、しかもおもてなし課を題材に小説を書くというのも同じである。半分はノンフィクションみたいなもんか。
 
 とにかく、高知県の観光事業を立て直そうと集まった「おもてなし課」であるが、今まで温々とお役所仕事ばかりやって来た人間の集まりであるから、何をどうしていいのかわからない。とりあえずの策として、その町出身の有名人著名人に観光特使となってもらい、その旨が印刷された名刺を作って特使に配送するということに決まった。
 
 おもてなし課で頑張る若者掛水くんと、特使を依頼された売れっ子小説家吉門さんの掛け合いが面白い。そして脇役として登場する多紀ちゃんや佐和さんのキャラクターも爽やかで読んでいてとても気持ちいいのである。
 
 基本的に物語は、迷走するおもてなし課がだんだんとしっかりしたものになっていく・・・という感じなのだが、その中には辛辣なお役所批判のような文章もあって、バリバリの民間で働く私としては気持ちよかったりもする。だけど頭ごなしに役所批判しているのではなく、この作者は本当に高知県が大好きで、本当になんとかしたいなという気持ちでこれを書いているのかなと感じた。
 
 この作品がヒットしたことによって、高知県は全国的にその名を広めることができただろうし、私でさえ高知県に遊びに行ってみたいなと思ったぐらいだから、結果的にはおもてなし課が大成功したのだろう。まあ実際に行くかどうかはビミョーではあるが。
 
 
 余談だが、私は恥ずかしながら有川浩が“女性”であることを巻末のあとがきを読むまで知らなかった。いや、そう言われてみれば、キャラクターのセリフや行動の描写がとても丁寧だし、特に女性キャラの行動や心境がわかりやすく書いてあるなと思っていたのである。そういえば『阪急電車』でも基本的にそれぞれの各パートで女性が大活躍している。だからと言ってこの作家の性別がどうのこうのと気になったわけではないのだが、「あー言われてみれば・・・・」と思う節は多々あるのである。
 
 別に物語を読みながらこの作者が男性か女性かを当てるなんてことは重箱の隅をつつくようなことかも知れないけど、有川浩が女性であることを以前から知っていたならば、もう少し感想が違っていたかもしれない。いや、変わらんか(笑)。
 

『「黄金のバンタム」を破った男』 百田尚樹 文芸文庫

 私は小説・漫画・映画問わず、ボクシングものには弱い。特にボクシング経験があるわけでもないのだが、熱い男と男の闘いに触れているとついつい目頭が熱くなってしまうのだ。百田尚樹の作品にはボクシングものが2作品あり、高校ボクシング部のお話の『ボックス!』と、この『「黄金のバンタム」を破った男』である。両作品とも、百田尚樹自身が学生時代にボクシングをやっていたということなので、経験者目線からと、ノンフィクション作家目線からの二方向から物語が描かれていくのは容易に想像がつく。つまり、百田尚樹のボクシングものを読めば間違いなく目頭が熱くなり、電車内や子供のスイミング見学時など、ところかまわず涙を流せない状況でしか読書時間を作れない私としては敬遠せざるを得なかったのである。
 
 しかし今回、しばらく目頭が熱くなるような感動モノを読んでいなかったので、これは独りきりのときに読もうと思って買っていた本なのだ。したがって読了するまでに時間がかかってしまったが、それは決してこの本が面白くないということではない。
 
 「黄金のバンタムを破った男」とは、「ファイティング原田」のことである。ファイティング原田は昭和40年代前半に大活躍したボクサーで、私はまだ生まれていない。おそらく私のオトンぐらいの年代はファイティング原田の名前を知らない者はいないだろうとのことである。私も名前ぐらいは知っていた程度で、どんな活躍をしたのかは知らなかった。
 
 この本はファイティング原田の活躍を描いたノンフィクションとなっているが、ただ単にその戦歴を並べているだけのものではなくて、ライバルとのアレコレとか、その時の時代背景とか、日本が勇気付けられたとか、きちんと物語として成立していて、そこが百田尚樹のすごいところだと思う。さすが元「探偵ナイトスクープ」の脚本家である。一見何気なく見える日常の出来事を面白いものに作り変える天才だと思う。
 
 感心なのは、ファイティング原田だけにスポットライトを当てて褒めちぎっているのではなくて、その時代に原田と共に活躍した名ボクサーを細かく紹介してくれて、この時代のボクシングに詳しくなかった私もちょっとしたボクシングオタクになった気分である。ボクシングファン、特に日本を立て直してくれた元気な50台60台の男性にはとても面白いのではないかと思う。

『キリン』 山田悠介 角川文庫

 仕事の関係でちょっと長めの電車移動することがあって、駅の本屋で衝動的に買った本。この人の作品を読むのは初めて。誰なのかも知らないしどんな代表作品があるのかも知らない。プロフィールを見ると1981年生まれとある。私より8歳も年下で32歳である。プロ野球選手もほとんど私より年下になってしまった今、そんなことで違和感を感じること自体おかしいことなのだが、小説家も年下になってしまうか~というなんだか寂しい気持ちで手に取った。
 
 いや別に、自分より年下が書いたからというわけではないのだろうが、正直ツマラン。天才精子バンクで優秀な天才数学者と、ノーベル賞受賞者の精子を高額で落札した皆川厚子から物語は始まる。長男の出産、異常なまでの教育、厚子を取り巻く環境、次男の出産、次男は出来が悪い、平気で捨てる、施設行き、天才精子バンクの秘密・・・・。
 
 なんの盛り上がりもなく、なんのどんでん返しもなく、ただ淡々と頁が進んでいくだけの印象。今回は自分が電車に乗ってまとまった時間があったからなんとか読了したが、家事育児の合間では絶対に読み切れていないだろう。それぐらい面白くない。ごめんファンの人。
 
 実は先の『夜行観覧車』を読み終わってその感想文を書く前にこれを読み始めてしまったので、面白かった『夜行観覧車』の思い出までもが消え去りそうになってしまい、『キリン』を読了してからまた『夜行観覧車』を読み直したぐらいである。口直しみたいなもん。この本を平積みして売り込もうとしていた駅の本屋に悪意を感じるぐらい(笑)。