『「黄金のバンタム」を破った男』 百田尚樹 文芸文庫

 私は小説・漫画・映画問わず、ボクシングものには弱い。特にボクシング経験があるわけでもないのだが、熱い男と男の闘いに触れているとついつい目頭が熱くなってしまうのだ。百田尚樹の作品にはボクシングものが2作品あり、高校ボクシング部のお話の『ボックス!』と、この『「黄金のバンタム」を破った男』である。両作品とも、百田尚樹自身が学生時代にボクシングをやっていたということなので、経験者目線からと、ノンフィクション作家目線からの二方向から物語が描かれていくのは容易に想像がつく。つまり、百田尚樹のボクシングものを読めば間違いなく目頭が熱くなり、電車内や子供のスイミング見学時など、ところかまわず涙を流せない状況でしか読書時間を作れない私としては敬遠せざるを得なかったのである。
 
 しかし今回、しばらく目頭が熱くなるような感動モノを読んでいなかったので、これは独りきりのときに読もうと思って買っていた本なのだ。したがって読了するまでに時間がかかってしまったが、それは決してこの本が面白くないということではない。
 
 「黄金のバンタムを破った男」とは、「ファイティング原田」のことである。ファイティング原田は昭和40年代前半に大活躍したボクサーで、私はまだ生まれていない。おそらく私のオトンぐらいの年代はファイティング原田の名前を知らない者はいないだろうとのことである。私も名前ぐらいは知っていた程度で、どんな活躍をしたのかは知らなかった。
 
 この本はファイティング原田の活躍を描いたノンフィクションとなっているが、ただ単にその戦歴を並べているだけのものではなくて、ライバルとのアレコレとか、その時の時代背景とか、日本が勇気付けられたとか、きちんと物語として成立していて、そこが百田尚樹のすごいところだと思う。さすが元「探偵ナイトスクープ」の脚本家である。一見何気なく見える日常の出来事を面白いものに作り変える天才だと思う。
 
 感心なのは、ファイティング原田だけにスポットライトを当てて褒めちぎっているのではなくて、その時代に原田と共に活躍した名ボクサーを細かく紹介してくれて、この時代のボクシングに詳しくなかった私もちょっとしたボクシングオタクになった気分である。ボクシングファン、特に日本を立て直してくれた元気な50台60台の男性にはとても面白いのではないかと思う。