『つばさものがたり』 雫井脩介 角川文庫

 雫井脩介4作目。ここんとこ体調を崩して会社休暇中。外にも出歩くことが出来ないので読書ぐらいしかすることがない。雫井脩介ならなんでもええわと買ってきた本。
 
 パティシエールの君川小麦さんという若い女の子が主人公。長年働いたケーキ屋から独立し、お母さんとともに地元でケーキ屋を始める。ところが甥っ子の叶夢(かなむ)君は「てんしがいないから、このばしょは、はやらないよ」と不思議な事を言う。
 
 叶夢君にしか見えない天使「レイ」と、身体に不安を感じたままケーキ屋を切り盛りする小麦さんの成長物語というところだろうか。大まかなストーリーはそんな感じである。まあ言うなればファンタジーである。
 
 私も40男なので、こういったファンタジー系は知っていれば手に取ることはないのだけれども、雫井脩介の初めて読んだ作品がバリバリのサスペンスミステリーだったので、ファンタジーとは言えきっとどこかにサスペンシブでミステリアスでエキサイティングなところがあるのかなと期待したが、それはそれはもう、ガッチガチのファンタジーであった。
 
 ストーリーの流れ的には想像通りで特に大きなどんでん返しが待っているわけでもない。なのに一気に読み込んでしまうのは、私が体調を崩して暇を持て余しているからということを差し置いても、やはりそこは作者の筆力というところなのだろう。今のところ雫井脩介作品で途中断念、もしくは読了までに3日以上かかった作品はない。読むのが遅い私にとってこれはすごいことなのである。
 
 雫井脩介作品では女の子が主人公のものは多い。そしてどの作品の主人公も好感が持てて感情移入してしまう。したがって物語の途中でどんな困難があっても、ラストまでにはその努力が報われて欲しいと願っている自分がいる。そういう意味ではこのラストは少々悲しいものではある。ここまでファンタジーに特化したんだから夢の様なハッピーエンドでもええんちゃうんかいと思ったぐらいである。
 
 ところが今物語を振り返ってみると、ガチでファンタジーなのは天使「レイ」と話す叶夢君だけであることに気づく。一応周りの大人も叶夢君に合わせてレイが見える振りをする部分もあるが、それはあくまで振りであって、大人はしっかりと現実世界に生きているのである。
 
 叶夢君に言わせれば、天使はたくさんいて人間を見ているらしい。私の周りにも天使が飛んでいて、例えば靴の紐が解けたり、風で洗濯物が飛んで行ったり、里芋の煮物を箸で掴めなかったりする時は、天使のイタズラなのかなあと、40にしてそんなファンタジーなことを妄想してしまったではないか。