上り坂に入って一気に周りの人数が減った。さっきまでの集団はドコへ行ったのだろうか。追い風と集団によって“他力で”高速走行していた人間はあっという間に後ろに下がってしまう。ここからは本当の力が試されるのだ。
軽めのギヤをぐんぐん回しながら必死で前を追った。イノウエさんもナカハラくんも調子が良いみたいだった。ナカハラくんはともかくイノウエさんには追い付きたい。正直そんな気持ちだった。はやる気持ちにブレーキをかけつつ、かと言ってのんびりも走ってられない、そんな気持ちの葛藤の中で必死に走った。
いくつものカーブを曲がっては探し、探してはカーブを曲がる・・・。何度も何度も繰り返してようやくのイノウエさん発見。ひとつ目のピークまでには並走することが出来た。ここからフンガー湖にかかる橋まで高度差約155mを一気に下る。まるでジェットコースターのようだった。「下りが爽快だ」なんてツーリングの時だけである。70km/hを超える速度で下っているのに、それでも抜きにかかってくる自転車がいるのだ。どこでそんな練習をしているのか知らないが、落車するなら是非単独でお願いしたい。
下ったのも束の間、また上らされる。下りの時のドキドキが、上りに入ってからも続いていた。ペダリングに合わせて早く呼吸してしまっていたので浅い。大きく吸って、大きく吐くことを心がけて呼吸を整えた。すると調子が良くなった。1回目の補給ポイントで水とスポーツドリンクを配っていたがパス。そんなことよりこのペースを乱さないで欲しいと思った。
ペースが安定してくると周りを見る余裕が出てきた。少し斜め後ろにイノウエさん。そして振り向くと20人ぐらいの集団が私の後ろについていた。我々は知らない間にペースメーカーにされていたようだ。
「うわ、後ろスゲー」と、集団を引っ張っている錯覚に陥って少し気分が良くなった。このことを教えてやろうと改めてイノウエさんの方を見やると・・・・。
し・・・・白目むいてる!?
「だ、大丈夫!?」
「うん・・・・ナントカ・・・・」
ペースを落としてあげればよかった。結局自分のことしか考えてなかった。実力差はほとんど無いはずだったのに、やっぱりその時の微妙な体調の違いとか、ペース配分とかを考えていなかった。一緒に練習したつもりでいても、信号で止まることも無い、自販機でジュースを買うことも無い、本格的なロードレースではまだまだ初心者だった。
「ゴメン!足攣った!先行って!!」
その声を聞いた途端、何かに弾かれたように集団から逃げた。イノウエさんから早く逃げたかったのかもしれない。ここから先、ゴールまでイノウエさんと会うことはなかった。ゴールに着いたときのイノウエさんの右のフトモモには安全ピンが刺さったままだった。
つづく。
↑ 前日の試走の際に撮った下り坂。レース本番では反対車線も使えるのだけど、ついつい左車線だけで走ってしまう。
↑ “安全ピン”を“危険ピン”にした男。レースから一夜明けた朝。ホテルのプライベートビーチにて。