僕は楽器が好きだ。
何が好きって、あの佇まいがとても良い。楽器屋さんに置いてある楽器たちは、「どーや。俺たちかっこええやろ」、「弾けないヤツはアタシに触れるんじゃないよ」とでも言っているようだ。ピカピカに磨かれたトランペットやサックス、鍵盤を触ると予想以上に大きな音を出すピアノ、果てしなく深いんじゃないかと思わせる穴が開いているギターなど、様々な種類の楽器はそれぞれのオーラを醸し出しながら静かに貰い手を待っているように感じる。
そんなヤツらを使いこなしたくていろんな楽器を練習した。ギター、ベース、ドラム、ピアノ・・・。最近は三線まで手に入れた。中でも一番頑張って練習したのはやはりピアノだろう。他の楽器はほとんど独学で(だいたいは)弾けるようになったけれど、ピアノだけはどうもうまくいかない。どれだけやってもシロートの域を出ない。だから初めて「習いに行く」ことにした。
週に1回、4年ほど続いただろうか。3歳ぐらいから何十年も続けているプロから見れば全く大した事の無い年数だが、それでもやはり独学と人に習うのとでは上達のスピードが全然違う。発表会にも出たし、友達の披露宴、自分の披露宴でも演奏した。たくさんの人前で弾くことが結構好きだった。
ピアノの先生に教わったことの中で印象に残っている言葉がある。
「音符と音符の間の何も音が無い所も音楽である」
これを教わってからすごく楽になったような気がした。「そやな。音楽って楽譜どおりに弾くことだけじゃないよな」 楽譜という音楽の設計図どおりに弾くことに必死になって「音を楽しむ」ということを忘れていた。
その後の発表会で僕は、ベートーベンの『月光 第1楽章』を演奏した。発表会ではあまり人気のない暗くて遅くて長い曲だ。音符と音符の「間」がとても大切な曲。先生が「やめといたら?」と言った曲。緊張すると指の震えがよくわかる曲。
僕はこの曲が大好き。本当に月光を思い出させるあのゆっくりとした雰囲気がとても良い。夜に部屋の明かりを消して弾くとトリハダものである。鍵盤のタッチがソフトなので階下の住人に迷惑をかけないのもいい。
そして何より、エラソーにでーんと座っていたあのピアノさんを「弾いてる!」って感じになる。
お高くとまっているオンナをイテこました時の気分に良く似ている。・・・きっと、たぶん。