今日お客さんから当店に手紙が届いた。内容は「先日お伺いした時に申し上げた電話番号が言い間違っていましたので正しい電話番号をお知らせします。すいませんでした」とのこと。
かなり年配の方なので字がひょろひょろで読みにくい。そんなことの為にわざわざ手紙を書かなくても、電話するとかメール(年配の人なのでこれは難しいかもしれないが)するとか、他のもっと早くて簡単な方法がいくつもあるだろうに。
しかしその年代の人たちにとっては、手紙というものが一番ポピュラーな通信手段で、一番慣れ親しみ、一番確実なのだと思っているのだろう。
夏目漱石の『こころ』の中に、「先生」と「私」の間で手紙を何度もやりとりする場面がある。それは現代人にとって、少々じれったく感じることもあるのだが、それが当時の人たちにとっては唯一の通信手段だったのだからしょうがない(電話はあったかもしれないが、普及はしていなかったと思われる)。
手紙は電話や電子メールとは違って、投函してから相手に届くまでに数日を要する。その届くまでの時間が、手紙の内容を時には意味深くさせたり、時には軽率にしたりする。手紙は「こころ」を伝え、そして動かす唯一の通信手段かもしれない。
みなさんはラブレターなるものを書いたことがあるだろうか。私はある。何度もある。私はラブレターが大好きである。ラブレターほど自分の想いを確実に伝え、相手の心を(たとえ少しであっても)確実に動かし、「告白したんや」という満足感を得られるものは無いと思う。
ラブレターなんてしばらく書いてないなあ。久しぶりに書いてみようかなあ。誰に出すかが問題だけど・・・。