『虚像の道化師』 東野圭吾 文春文庫

 ガリレオシリーズの最新刊。とはいえ福山雅治主演のテレビドラマシリーズで放送済みのやつなんかも収録されていてま新しさは正直ないが、私はガリレオシリーズが好きなのでこれはこれで楽しめた。
 
 7つの短編集となっており、それぞれ1時間ほど(自分比)あれば読めてしまうので、子供の習い事の引率中とか、電車に乗ってる時とかにパッと読めて結構なことである。
 
 7つのうちの『曲球る(まがる)』と題された作品は、戦力外通告されたベテランピッチャーが主人公で、確かテレビドラマではその悩めるピッチャー役を田辺誠一が演じていた。
 
 勝負球であったスライダーのキレを取り戻すために四苦八苦している最中、専属のピッチングコーチがひょんなことから湯川学の研究資料を目にして帝都大学の門を叩く、という流れである。
 
 作中では当然ピッチングするシーンが何度も出てくるのだが、ドラマ版での田辺誠一のピッチングフォームがなんだかおかしくて(恐らく野球未経験者)、素敵なストーリーだったのにもかかわらず物語がアタマに入ってこないというグダグダ感であったのを思い出す。
 
 その点、文章になるとそのあたりの“補正”が脳内で自動的に行われるので、フォームは日ハム大谷くんのように美しく、スライダーはダルビッシュのそれのように鋭く曲がり、バットは阪神時代の新井お兄ちゃんのように虚しく空を切るのである。
 
 肝心の(?)殺人事件のほうは、ピッチャーの奥さんが殺されるという悲劇的なものだが、私が野球好きということもあってか、記憶に残るのは野球シーンばかりである。まあこの作品に限らず、ガリレオシリーズというと殺人事件の謎解きメインな感じに思われがちであるが、実はそれに至るまでの人間関係や誤解などを解くために物理学が使用され、この作品だけでなく、なかなかココロ温まるお話なのである。
 
 「テレビとは違うガリレオの世界をお楽しみ下さい」と、本の帯に東野圭吾本人のメッセージがある。私は「田辺誠一のピッチングフォームのおかげで台無しになっちゃったから、改めてこの物語を活字でお楽しみ下さい」という意味であると勝手に捉えている(笑)。