バイオリン

 夜の8時頃、テレビを観ていたらケータイが鳴った。出ると相手はまっさん。
 まっさんの横にはn原君もいるみたい。なんか雰囲気でわかる。
「今すぐ来て!」と、まっさん。
 何のことか良く理解出来ないまま指定された場所へ。

 そこは新地のスナックビルのような建物で、ビルの入り口にはもうすでにまっさんとn原君が待っていた。
「なんやねんな急に呼び出して。」
「ええからええから。このビルの3階やねん。」なんだかいつもの2人じゃないみたい。

 案内された部屋の扉には『バイオリン教室』と書かれている。
「バ・・・バイオリン!?」
「そうやバイオリンや。M君もいつまでも自転車なんか乗ってたらアカンで。これからはクリエイティブにいかな。」
 唖然とする私を少し嬉しそうに眺めながらn原君が続ける。
「ボクらはまだ始めたばっかでヘタクソですけど、あの2人なんかホラ!見て下さいよ!もうあれだけ弾けるんですよ!」
 広い防音室の中をガラス越しに見やるとなんとイノウエさんとサエキが踊りながらバイオリンを弾いているではないか!その2人の楽しそうな笑顔はなんだ。飲み会でもあんな2人の楽しそうな顔を見たことが無いぞ!
「な?M君もやりたなってきたやろ?」
 確かに。
 イノウエさんとサエキには何か惹き付けられるものがあると以前から感じてはいたが、バイオリンを歌い踊りながら弾いている姿に惹き付けられようとは!まっさんもn原君も飲み込みが早いタイプである。数日もしない内にあの2人と同じように4人で歌い踊りながら楽しくバイオリンを弾くであろう。そんなことを考えるとなんか仲間外れになっているかのようで少し悔しくなってきた。私も楽器はいろいろカジった人間である。こいつらに弾けるんだから私に出来ないハズがない!
「オレもバイオリン始める!」と言ったのはそれから1秒後であった。

 とは言ったものの、バイオリンを買う金なんて無い。コルナゴ貯金はバーテープとブレーキワイヤーとチェーンとタイヤを買ったら無くなった。嫁に頼むなんてもってのほかである。こんなことならあの1000万、ネコババしとけばよかった。
 いろいろ考えた挙げ句、ダメもとで親戚の中でイチバン金持ちの叔母さんに電話してみた。
「10万円ほど欲しいねんけど・・・。」
「ええよ。今すぐ振り込んであげる。」
 やはり金持ちだった。10万ぐらい私で言う1000円ぐらいのものなのだろうか。10万円はその電話を切った途端に私の財布の中に入っていた。便利な世の中になったものである。

 早速その臨時収入を持って、回転木馬に行った。
「店長!バイオリンください!」
「はいはい、置いてるよー。M君がそろそろ買いに来るんちゃうかなーって思っててん。」と、店長は店の奥へバイオリンが包まれていると思われる箱を取り出しながら言った。
 さすがハナシが早い。きっとまっさんかn原君が電話しておいてくれたのだろう。こんな時のチームプレーは最高である。
 ところがその箱にはこう書かれていた。

『アルテグラフルセット(電動)』

「て・・・店長、コレってバイオリンちゃうよね?」
「ちゃうよ。」
「ちゃうよてアンタ。オレはバイオリンを買いに来たんや。自転車パーツはシルベストで買うっちゅうねん。」
 そんな私のクレームを無視して、店長は自慢げに商品の説明をする。
「M君、よく考えてごらんよ。デュラエースもカンパもまだ電動になってないのに、アルテグラが先に電動になるなんてスゴイと思えへん?このスゴイパーツがたったの8万円だよ!」
「8万円!?」
 めっさ安いやん!電動なんてまだ誰も使ってないやん!オレが先駆けやん!10万持ってるから2万もオツリ来るし!でもバイオリンはどうする?また今度にしよか?そやけどバイオリンもやりたいしなー。こないだバーテープとかワイヤーとか替えたとこやん。自転車ばっかりに金使うのもなー。そやけど電動やで電動・・・。

 ものすごい葛藤している時に目が覚めました。


 ツマラン長分にお付き合い頂きましてありがとうございます。