『ナミヤ雑貨店の奇蹟』 東野圭吾 角川書店

 小遣い制のサラリーマンであるが故にいくら読書好きでもそうそう書籍にお金をかけるわけにもいかないので、新作が出ても文庫化されるまで待つか、ひどい時には古本屋に並ぶまでその作品そのものを忘れ去ろうと努力するタイプなのだが、どこの本屋の前を通っても平積みされてるわ、「本屋スタッフのオススメ!」みたいに飾られてるわ、どうやっても忘却の彼方に追いやることができそうにもなかったので、半分諦め半分ウキウキで1600円という超高級な本を手に取ることにした。
 
 でも後悔はなかった。読んでみて内容が大変良かったというのももちろんあるけど、夏目漱石や芥川龍之介などならともかく、今をときめくバリバリの人気作家の最新作品というものは、その本自体が生きているような感じがして私のようなビンボー読者には新鮮であった。物語の中には「スマホ」とか「東日本大震災」などの比較的新しい単語や話題も出てくるし、本の内容と自分自身がリンクしているような感じは今まで古本を漁っていた頃にはなかった感覚で、そういう意味でもこの本はとても楽しめた。
 
 さて、あらすじ。空き巣をやらかしたバカな男3人が身を隠すために偶然転がり込んだあばらやがナミヤ雑貨店である。しばらく息を潜めていると店先のシャッターの郵便入れに手紙が入れられる。不審に思いながらもその手紙を開けてみると何やら人生相談が。面白半分に返事を書いて裏の牛乳ポストに入れるとお礼の手紙がすぐさま届く・・・。

 3人が飛び込んだナミヤ雑貨店の浪矢さんはかつて、町の人々の人生相談の手紙をやり取りしていたことが話題になり地元ではちょっとした有名店であった。しかしそれは30年以上も昔の話。当時おじいさんだった浪矢さんは当然亡くなっており、ナミヤ雑貨店にも誰も住んでいなくて埃まみれ。それなのに届く相談の手紙。ナミヤ雑貨店で起こるタイムスリップ現象に巻き込まれる3人の不思議な体験を描くSFファンタジーである。

 大きく分けて5編で構成されており、それぞれナミヤ雑貨店に相談する人物は違うのだが、後半に行くにつれ登場人物の過去と未来が絡まりあって、実に見事に組み立てられて完成されていくのは流石という感じ。つい先日『苦役列車』を読んだばかりだったので、物語の美しさにうっとりするぐらいだ(笑)。いや別に『苦役列車』が作品としてあかんというわけではないが、例えば嫁さんとか子供などに勧めるならば、断然『ナミヤ雑貨店』である。
 
 タイムスリップを題材にした物語は多数あるが、この作品のように一見バラバラに見える複数の登場人物と複数のエピソードを、最終的に一つの時間軸にまとめるのは難しい。アラを探せば幾つかのパラドックスが見つかるかもしれないが、そこはわからんように整理されてて綺麗にまとまっている。実に数学的というか物理的というか、とにかくきっちりしている印象がある。もう少しアバウトな部分があってもいいかなとも思うけど、そこは作者の性分なのだろうかちょっと説明くさい所もある。
 
 実は東野圭吾にはタイムスリップする作品がちょくちょくあって、パッと思いつくのは『時生』である。主人公の息子が未来からやってきて色々と人生のアドバイスをするというストーリー。未来からの指示通りに行動して成功する流れなどはこの作品に良く似ている。さらに後半に登場する女性のビジネスにおける成功は『白夜行』や『幻夜』に登場した雪穂にも似ていて、東野ファンにとっては嬉しいポイントではないだろうか。
 
 おまけに、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』にも似ている部分がある。それは感動のラストの場面なので詳細は控えるが、“あの”シーンのオマージュであると感じた読者は私だけではないはずだ。私はこの映画が大好きなのでこのラストはとても嬉しかったし感動した。
 
 人生のターニングポイントに人は悩み、憂う。だけど決めるのは自分だ。未来の自分から、あの時の選択は正しかったよと声が聞こえるならば、どれだけ楽なことか。せめて過去の自分に「正しかったよ」と言ってあげられるような人生を送りたい。
 
 この本はかなりオススメです。本屋の気持ちがわかった(笑)。
 

『ナミヤ雑貨店の奇蹟』 東野圭吾 角川書店” への2件のフィードバック

  1. 同時代を生きている好きな作家がいるっていいですよね。
    新刊の発売を待ちわびる気持ちなんて、ほんと幸せなことです。

  2. かなたにさん、それはほんとに今回身に染みて感じました。昔の作品を漁るのも楽しいけど、たまには奮発して新刊を買うのもアリですね。

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